どんな本か
タコマ橋・コメット号・リバティ船・チャレンジャー号・ピント(フォード)…工学部に居たなら一度は聞いたことはあるであろう歴史的事故を,工学的側面から読み解く本です。事故が起こるまでの経緯を時系列を追って説明し,おきた事故に対して「何故起きたのか」「何が起きたのか」「その時どんな現象が発生してたのか」についてこと細かく解説しています。
また,この歴史的事故から学び,似たような状況で自分が同じ事故を起こさないための練習「思考の昇降運動」についても述べられています(正直これがこの本の真髄かと)。
なぜ買ったか
一言でいうとジャケ買い。本屋で一冊ふらっと手に取ってパラパラ読んだのですが,「そういや以前読んだ『創造設計の技法 東大創造設計演習に学ぶ設計の奥義*1』も中尾先生だったな。あれ面白かったしな,これも買っちゃおw」のノリで買いました。
誰にどうオススメなのか
ウンチク話・雑学が好きなオタクにオススメ
線路見かけたらリットン調査団するタイプのオタクは間違いなく好きでしょこういうの。
命に直結するものづくりをしている技術者にオススメ
(極論をいうと「命に直結しないものづくりなんて無い」になるのですが一旦それは置いといて…)本書で扱っている事故の多くは,世にいう歴史的重大事故というもので多かれ少なかれ人の命が失われています。
例えば乗り物(自動車・鉄道・航空機・船舶・はては宇宙)に携わる技術者,橋や道路・電力といったインフラの技術者,危険な化学物質を扱うプラントエンジニア…などなど,一つのミスが多くの人命に直結するものづくりをしている技術者諸兄姉は,一読の価値ありかと思います。それで未来の失敗を回避できるのであれば万々歳と言えるでしょう。
社内失敗データベースを作れと言われてしまった人にオススメ
これは「将来俺が社内のヤラカシデータベース作れと言われたら,この本読み返そw」というメモみたいなもんですが…本書では冒頭の50ページ「第1部『失敗百選』とは何か」にて,個々の失敗事例を集めてデータベースを作る際の勘所・ナレッジマネジメントの極意について書かれていました。
正直,本書に占めるこの冒頭50ページの割合は全体の 1/7 にも満たないのですが,個人的にはここがこの本で一番大事なとこじゃないかなと思っています。
どこがどう面白かったか
まずシンプルに「工学ウンチク話集」として面白い。
この本は有名な工学的事故を
- 事故に至るまでの背景・流れを時系列で紹介し
- 工学的視点で「その時どんな現象が起きてたのか」を解説していますが
1件1件の事故事例に対して絶妙にポイントを抑えてわかりやすく解説されていて,それでいて事故1件あたり1〜2ページの量にに要約されいてサクッと読めます。そしてこれが100件近くある。
要するに,明日から自慢したくなる技術的おもしろ小話が100件以上あるということですが,これがシンプルに面白い。こういう読み物好きな人にはおすすめの一冊です。
自分も知ってる「つもり」だったな~,と。
私はそれなりに機械オタクでこの手のウンチク話も大好きなので,知ってる話もいくつかありましたが…実はそのほとんどが「表面的な浅い知識しか持ってなかったんだな」と思い知りました。
- 「リバティ船 = 溶接技術の向上につながる事故」という認識はあったが…
- この時代の溶接は何がどうだめだったのか?まではは知らなかったし
- ましてや低温脆性も同時に起きてたのは知らなかった。
- 参考 : 失敗事例 > リバティー船の脆性破壊
- 「コメット号といえば疲労破壊」というのも知っていたが…
- この事故の原因の一つに「2種類の試験を同時並行で進めたことにより,試験①で生じた疲労破壊のクラックが,試験②で押しつぶされてしまい,ウッカリ見かけの耐久性が上がってしまっていた」というのがあったのは知らなかった。
- ということは疲労を想定した繰返し荷重の試験はちゃんとやってるんだよな。試験を混ぜちゃったのが不味かっただけで。
- 参考 : 失敗事例 > ジェット旅客機コメットの空中分解
- かの有名なチャレンジャー号墜落事故も,打ち上げ強行した経営陣が100%悪者と信じて今日まで疑わなかったが…
- 「実は案外そうとも言い切れない」ということをこの本で知った。曰く,技術陣のボイジョリー氏も経営陣を説得できるだけの十分なデータを持ってなかったんだとか。まじか。これを知るまで,「会社の利益優先で『自分の聞きたくないこと(ボイジョリー氏の忠告)』には耳も貸さず打ち上げを強行した巨悪の経営陣😠」vs「正しい倫理観を持つ正義のボイジョリー氏🥺」ぐらいに思ってたが。
- …これ経営陣が「君も経営者の帽子を~」みたいな示唆に富んだ遠回しな説教しなければ,ここまで悪者にされることもなかったのでは…?
- 参考 : 失敗事例 > スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発
むしろ逆に「俺これ知ってるぜ~~この話~~🤘😎」と自信を持って言えたのは,タコマ橋とフォード・ピントぐらいでした。みんな大好きだもんね,タコマ橋崩落の映像。
youtu.be
失敗事例に学び,自分の業務・生活に活かすためにはどうすればよいか?について述べられており,面白かった。
たぶんこの本で一番大事なのはここだと思っています。失敗事例をただ読でニチャニチャするだけでは,ただのウンチク大好きオタクどまりで,厄介なオタクで終わらせないためには失敗事例を自分の日々の生活・業務に活かす必要があります。
この他人の失敗を自分の学びにする取り組みを筆者は「失敗予防*2」と表現しており,またこの未来の失敗を予防する具体的手法として「思考の昇降運動*3」という手法を述べていました。
つまり複数の失敗事例から共通点・類似するエッセンスを導き出して抽象化する,これを「上位概念に登る*4」とよび,逆に抽象化された概念から例を挙げること下ると捉え,この思考の昇降運動ができるようになると,失敗事例を知り自分の未来の失敗を回避できる。とのことです。
抽象と具体,クラスとインスタンス,アナロジー,なぞかけ
余談ですが,これ読んで「UMLのクラス図作ってるとき・モデリングしてるときってこんな感じだよな~~」と感じました。複数の個別事例(インスタンス)を観察して,このインスタンスを束ねるのに丁度よい大きさ・切り口・スコープのクラスはなにか? を考える行為はまさにこの思考の昇降運動に通ずるものがありますね。
それはそうとこの手の抽象化スキルって表立って重要視はされないけど,でも実は大切なスキルで,それでいて明日から出来るようになるもんでもなく日々練習したり磨かないと伸びないんだろうな。てぇへんだぁな。(感想)
*1:https://www.juse-p.co.jp/products/view/319
*2:失敗百選|森北出版株式会社 まえがきの P.Ⅴ
*3:失敗百選|森北出版株式会社, P9
*4:失敗百選|森北出版株式会社, P8